rompercicci::diary

東京中野にあるコーヒーお酒ジャズのお店ロンパーチッチ

インドのカレーはよいカレー

今日は昨日と真逆の展開、夕方までは惨憺たるありさまでしたが、夜に入ってから急速に持ち直して、営業終えてみればなんとかよい結果に届いてくれました。久しぶりにいらしてくださったお客さまの姿も見えて、大変うれしい1日に。みなさまご来店ありがとうございました。
本日おいでくださったお客さまによいことがありますように。
虫歯が全部治りますように。

ご恵贈頂いた冊子の紹介を。

科ひでと(しなひでと)さんの『日本人カレー紀行』ならびに続編『日本人カレー飛行』、これすごい本です。
いずれも日本各地のインド料理食べ歩き本の体裁をとっているのですが、そもそも文章のエッジが立ちすぎて「食べ歩き本」として成立していません。ポエジー過剰で読む側の意識が情報まで下りていかない。「何かすごいものを読まされている」という感覚だけでぐいぐい引っぱられていきます。恐ろしい本です。

最初の『日本人カレー紀行』は、食べ歩きを通じた著者の成長記、ないしは迷走記ともとれる内容。副題に「おれの血にもターメリック色は流れる」とあるのですが、この表現がすでに特徴的です。
普通に意味を通そうと思ったら「おれの血もターメリック色」で充分でしょう。この場合でさえ「おれの血も」の「も」の部分が過剰な気がしますが。百歩譲ったとしても「おれにもターメリック色の血が流れる」まででしょうか。「おれの血にもターメリック色は流れる」では文意が揺らぎすぎます。でも、逆にそこを活かす、というのが著者の文章術なのだ、と何度も読み返すうちに気づいてきます。崩した構文で独自のリズムを生み出すと同時に、普段なかなかお目にかからない「揺らいだ」言葉で読者を混乱と興奮に導く。「私の血はワインでできているの」を「私のワインは血でできているの」に読み換えたときと同じ種類の高揚感がそこにはあります。
…妙なところで力こぶを作ってしまいました。内容をもう少し。本書を読み進めると、著者の「カレー」という言葉に対する複雑な思いが見えてきます。カレーライスという名のおふくろの味から脱却し、「本格の」「現地の味」を求めて各地をさまよう著者。「体験」「入門」「本物を一から教えてもらう」といった求道的な姿勢でインド料理に向き合うと、そこで出会う料理は「ダルバート」になり「ミールス」になり、慣れ親しんだカレーという言葉からどんどん遠ざかっていく。マニア化が進むにつれて「インドカレー」を日本料理と見なすようになり、ナンが売りの店でもご飯を注文するようになる。しかし、本書を執筆する著者の視点はもうひとひねりしています。マニアである自分を恥じている。そして後半になるにつれ、マニアである他人を恥じる視線が強くなる。…名文を傷つけたくないので引用は避けたかったのですが、自分の紹介文にひっこみがつかなくなったのでひとつだけ写経させてください。

 それにしても、どう美味しいか知りたいだけの人にも、シェフの素性を明らかにして念を押させることがあるとは、インド料理の食べたがりとはそこまでの権力を持ってしまったのかと恐ろしくなった。それともこれも、口コミを頭に満たしてこぼさないようにおずおずしている可哀想なマニアへの接待なのか。こだわるなら居抜きのちいさなお店を借りて、日々の賄いをよこせと脅される前にさす釘なのか。いずれにしても高度なサービスだ。
(おそらく27頁。「カーンケバブビリヤニ」)
 

今月出たばかりの続編『日本人カレー飛行』は、前作で壮大なる自伝を書き終えた著者による溌剌としたフィールドワークの書。お店や料理の紹介がより詳細になり、食べ歩く著者の姿勢はよりオープンになっています。「はしゃぐ」という言葉が効果的に使われていて、食べる著者のハレの姿と、それを後で書き記す著者のケの姿が鮮やかに対比されて眼前に迫ってくる気がします。独特の文体ももちろん健在。ここでもひとつだけ引用させてください。

 いくらインド料理といって何をか教わる姿勢を取っても、殴られて鼻血が出れば「たかがカレーだろ!」と心のうちでも叫んでしまう浅ましさを私は持っているし現にダラダラのドクドクである。そこで私はインド風カレーを食べるのだ。
(18頁。喫茶「アホロートル」別府)
 

まったく空回りの紹介文で情けない限りなのですが、この「人でなし」のアナグラムの名前を持つ著者のすごいところは、「自分は面白い人間である」というそぶりをこれっぽっちも見せていないところにある、と現在の私は強く思います。
世の中には「ボクって面白い人間だよね」と厚顔にも説いて回る人がいます。ちょっと関係を持ってしまって、体内に毒素が溜まっていました。科ひでとさんの冊子2冊が、ささくれた私の心にとって一服の解毒剤となったことを心から喜びます。すばらしい本です。
お店に置いてありますので、ぜひお手に取ってご覧ください。『カレー飛行』は新宿の模索舎さんでお取扱いがあるみたいですよ。

また朝になってしまいました。雨ですね。
本日もみなさまのご来店を心よりお待ちしております。元気にがんばります。