rompercicci::diary

東京中野にあるコーヒーお酒ジャズのお店ロンパーチッチ

★(完結編)この音には勉強代がかかっているが、それだけの勉強をしたかは謎だ

こんにちは。中野の自称ジャズ喫茶ロンパーチッチです。
いつもありがとうございます。
月が変わって3日目、早くもニッパチという言葉の重みを実感しております。
ああ、すべてはオリンピックのせいだと考えたい。ドラクエのせいだと考えたい。
いや、むしろドラクエは自分がやりたい。

長期間にわたるブログ放置ですが、すべては私がアンプの話を途中で投げ出しているのが原因でした。この状態に引きずられて、貸切による臨時休業のお知らせや、お盆休みについてのお知らせなど(ちなみにお盆休みは取りません。開店休業状態はおおいにありえますが)、お店の営業にとって本当に必要な情報のご提供がストップする事態となっておりました。なんとも申しわけなく、情けない限りです。
今回の投稿以降は、より「必要なことを・簡潔に・頻繁に」書いていきたいと思いますので、どうかお見限りなきようよろしくお願い致します。


さて、続きです。


その人が最初にお店に姿を見せたのは、確か5月の半ばごろだったと思います。一見してただ者ではないと分かるオーラを放つ偉丈夫で、「あ、これは手ごわいお客様だな…困ったな」と思ったのを覚えています。きっとものすごいジャズファンで、オーディオマニアの魔法使いに違いない。これはヘタに会話するとこっちが火傷してしまう。
自分たちの底の浅さが露呈する前に、なんとかこのお客様を煙に巻いてしまおう。そう思った私は、おそらくヨーロッパものとか、'70年代マイナーレーベルものとか、ラテンが入ったやつとか、そういう所有している自分でもよく分からないレコードを重点的にかけたに違いありません(今でもやりがちな行動です)。この選曲が功を奏したのかどうかは分かりませんが、結局その人はお会計のときまで言葉を発することはありませんでした。
よし、行ける! これで手ごわいお客様をやりすごせる! お会計のために席をお立ちになった姿を目にして、後ろ向きの喜びに浸ろうとしていた私に、近づいてきたその人の声が聞こえてきました。「アンプは何を使っているのですか?」

魔法使いのお客様に、当店の恥部とも言えるアンプ騒動をお話するのはなかなかにキツイものがありました。でも訊かれたものは仕方がない。「今は入院中で、代わりにオモチャみたいな機械を使っています、実はしかじかの経緯がありまして…」と今までの流れをご説明すると、その人はこともなげに言いました。「ああ、それは接触不良だろうね。たぶんちょっとしたことで直ると思うよ」
それまでにも接触不良の可能性について、幾人かのお客様からご指摘を頂いてきました。でも、その人の口ぶりは明らかに違いました。「今現物を持ってきてくれたら、ちょっとバラして見てあげるよ」と言わんばかりの勢いがそこにはありました。こちらとしては、そんなアナタ、初めてお見えになったお客様なのにいきなりそんなことおっしゃられても、とちょっと面喰らってしまうほどです。
それに、実はちょっと遅すぎたのです。その人が見える1週間前に、私たちはすでに販売店と話をつけていました。残念だけど入院中のアンプには見切りをつけて、もうこちらには戻ってこない手筈になっていたのです。「あと1週間早くご来店頂けたらよかったのですが」と私は言いました。半分は社交辞令でしたが、残りの半分では、この人だったら本当に一瞬で直せたのかもしれないな、と思っていました。ひょっとしたら、魔法使いの中にはよい魔法使いがいるのかもしれない。


次の定休日に、私たちは秋葉原にいました。因縁浅からぬ販売店に出向いて、入退院を繰り返したアンプの買取手続き(結局返品にはなりませんでした)と、代替機として持ってきてもらったオモチャみたいなアンプの正式購入手続きをするつもりでした。
オモチャみたいなアンプは、あくまで当面のつなぎの予定で、とりあえず音が出る環境を確保しつつ、時間をかけて新しい正選手を探すつもりでした。オモチャみたいなアンプは値段も安く、最初のアンプの買取価格で少なからずのお釣りが出るはずでした。

それがどう転んだのか…。気がついたときには、私たちは店頭に置いてあった別のアンプを購入していました。
きっかけは店頭で手渡されたオモチャみたいなアンプの付属品で(代替機として搬入されたときは、取り急ぎ本体だけが持ち込まれたのです)、この付属品たちが、いくらなんでも、というくらいチャチかったのです。音楽でお金を頂戴するお店として、絶対にこんなものを(たとえ一時的にせよ)正選手にするわけにはいかない。いざという最後の段になって、私たちに強い拒絶反応が出ました。
ではどうすればよいのか? 途方に暮れかけた私たちが店頭を見渡したときに、ついうっかり見つけてしまった機械がありました。それは私たちがお店を始めるに先立って、最初に使いたいと思っていたアンプでした。当時の販売店の担当者さん(すでに辞めたあの人です)にその話を持ちかけたところ「スピーカーとの相性が悪すぎる」と一刀両断されて、それ以来話題に上ることもなかったあのアンプ、それが(同一個体かどうかは分かりませんが)まだ店頭に残っていたのです。このアンプもイギリス製で、最初のアンプとは雰囲気が違うものの見た目がよく、サイズも小ぢんまりとしていました。そして、私たちに恐怖心を呼び起こす真空管は使っていませんでした。
ろくに試聴もせずに購入を決めました。そもそもスピーカーも違い、部屋の環境も違う中で聴いたところで、私たちの耳では音の傾向なんて分かりません。切迫した環境が生んだ衝動買いでした。さまざまなリスクについては「これも何かの縁だ」という言葉を使って思考停止することにしました(今までそうやって生きてきました)。
このアンプはそんなに安くはありません。最初のアンプの買取価格では到底まかないきれるものではなく、私たちはカードを使って差額を払いました。差額は当店の売上金額で約5日ぶんといったところでした。


その人が次にお店に姿を見せたのは、購入手続きをしてから1週間も経っていないころでした。新しく買ったアンプはまだ納品されておらず、まだオモチャみたいなアンプで音を出していました。その人は自転車でご来店になり、自転車には大きな鞄がひもでぐるぐる巻きにされていました。その人が鞄を開けると、中には見たことのないアンプが入っていました。「ブログ見たよ。アンプで困ってるみたいだから、これしばらく使ってみてよ」その人はこともなげに言いました。

私たちは、どちらかと言えば押し出しが強い人を苦手とするタイプの人間です。いくら困っていたとしても、お客様から「自分のアンプを貸してあげるよ」と言われたら、たぶん断ったと思います。そういうかたちで心理的な借りを作るのには抵抗がありますし、もしお借りした上で壊してしまったような場合、いろいろと面倒なことが予想されるからです。
でも、その人はそんな私たちの心理的な壁をいとも簡単に乗り越えてしまいました。1度ご来店されて、それから私どものブログをお読みになった、それだけで秘蔵のアンプを自転車にくくり付けてお持ちになったのです。完全にこちらの負けです。「何かの縁」は、秋葉原の販売店ではなく、自転車にくくり付けられた鞄の中にあった、と考えたくもなります。
いつものようにお客様の少ない当店で(珍しくゼロではありませんでしたが)、早速アンプのつなぎ替えをしました(正確には「してもらいました」。その人は配線のつなぎ替え作業も厭わず、ご自分でなさいました)。スピーカーから音が出ました。それ以上のことは分かりませんでした。でもそれで充分だと思いました。

「借りません。買います。いくらですか?」もう少しでそう言うところでしたが、今回も微妙にタイミングがズレていました。前にも書いたように、すでに秋葉原で別のアンプを買ってしまっているのです。納品前だし、すぐに連絡したらキャンセルできるかも、という希望はあえなく打ち砕かれました。どうであれ、買ったものは届いてしまうのです。その人に現状をご説明したところ、「だったら、届いたものと聴き比べてみればいい。なんであれ、このアンプはしばらく使ってもらっていい」というお返事でした。お言葉に甘えることにした上で、最終的な聴き比べの際にはぜひ同席して頂きたい、というこちらの厚かましいお願いまで聞いて頂きました。

とりあえず、秋葉原のアンプが納品されるまでの1週間、借りたアンプで音を鳴らしました。右のスピーカーから音が出て、左のスピーカーからも音が出ました。突然音が出なくなったり、入力セレクターが言うことを聞かなくなったりすることはありませんでした。見た目もチャチじゃない。改めて冷静に、これはいいかもな、と思いました。

そうは言っても、もしものときを考えた場合、やはり販売店で購入した製品の方が安心できる気がします。もしクオリティが同等だった場合、秋葉原で買ったアンプを残して、借りているアンプは返却しよう、そんな考えを持っていました。


そうこうしているうちに1週間が経ち、6月初旬に販売店からのアンプが納品されました。やはり、見た目はすばらしい。そして、音は…ひどい。オーディオ製品の場合、最初に結線してしばらくは本領を発揮しない、というのは有名な話ですが、このひどさはいくら鈍感な自分でも分かるものでした。
最初の音はひとまず聴かなかったことにして、しばらく我慢。1週間使い続けました。こちらの感覚が慣れてしまうというのもありますが、2日目以降は特に音が悪いと感じることもなく営業を続けました。


そして、ある日曜日の営業終了後に、両者のアンプの聴き比べを行うことにしました。その人は、日曜日の深夜だというのに、わざわざ当店まで足を運んで下さいました。結果は一瞬で出ました。借りているアンプの圧勝でした。なんだかもう、イヤになっちゃうくらい。
聴き比べ作業は早々に終了して、その後はお酒を酌み交わしながら、楽しい深夜の音楽鑑賞会となりました(この夜に楽しみすぎてしまったことが、後日ビルの住人の方からご注意を受ける原因となります…)。


さて、長々と書いてきましたが、現在当店ではそのときお借りしたアンプが正選手として腰を据えて、毎日の音楽を奏でています。すでに「借りている」という状態ではなく、対価をお支払いした上で、当店が正式に譲り受けた状態となっております。結局、「何かの縁」は鞄の中にあったわけです。
秋葉原で買ったアンプは、後日元の販売店に引き取られていきました。商品になんら問題があるわけではなく、100パーセントこちらの都合による買戻しなので、やはりそれなりの差額が消えました。実質1週間の使用で、当店の売上金額3日ぶんくらいが私たちの手を離れていきました。

今回の一連の騒動の中で、私たちはどれくらいの勉強代を支払ったのでしょうか。最初のアンプが今でもちゃんと動いている状態と比べると、当店の売上金額で3週間弱ぶんくらいになるかと思います。これだけのお金があれば、お店の椅子や本棚をもっといいものに買い替えることもできたでしょうし、給湯器も新調できたかもしれません。ひょっとしたら、現在お店のいちばんのネックであるブレーカーのアンペア数に手を入れることだってできたかもしれません。いずれにせよ、お客様から譲り受けたお金の使い道として、今回の「勉強代」という用途は決して褒められたものではないでしょう。
まだヒヨッコのお店ですから、頂戴したお金は全額お店に、ひいてはお客様に還元されなければいけないと考えています。今回、私たちは多くのお金を無駄にしてしまいました。無駄ではないかもしれませんが、少なくともベストではないことに使ってしまいました。

今回の反省を踏まえて、今後はより賢いお金の使い方をするように気をつけます。
ただ、賢いお金の使い方をするためには、使えるお金が必要です。
改めて、皆様のご来店を心からお待ちする次第です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。